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大阪高等裁判所 昭和55年(う)114号 判決 1980年8月28日

被告人 與儀巖 與儀猛

主文

原判決中本件公訴事実第一に関する部分を破棄する。

本件中右破棄部分を大阪地方裁判所に差戻す。

本件公訴事実第二に関する控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事細谷明作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人平山忠、平山芳明、池田啓倫共同作成及び同安木健作成の各答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決の法令の解釈、適用の誤りを主張し、原判決は被告人両名を免訴する旨言渡し、その理由は、要するに、1、公正証書原本不実記載、同行使罪の公訴時効は五年であるが、本件起訴は犯行後五年を経過してからなされた、2、刑訴法二五四条一項によつて公訴時効の進行が停止するためには、公訴提起が原則として無効であつてもさしつかえないが、例外として公訴提起が不存在と目される程度の重大な瑕疵のある場合には、公訴時効の進行は停止しないと解する、3、刑訴法二五四条一項による公訴時効の進行停止の効力の及ぶ客観的範囲は起訴された事実と公訴事実を同一・単一にする範囲内と解するので、その客観的範囲を確定するためには、他の公訴事実と区別できる程度に起訴の対象となつた事実が特定していることが必要であり、この特定を欠く場合には公訴提起が不存在と目される程度の重大な瑕疵があるというべきである、4、ところが、昭和五〇年一二月二六日付起訴(以下、旧起訴という)の公訴事実は、本件公訴事実の第一、第二のいずれの犯罪行為を起訴したものか不明であり、その両方を起訴したものと認めることもできないし、右第一、第二の両行為は併合罪と認めるのが相当であるから、旧起訴の公訴事実と公訴事実を同一・単一にするものではない、したがつて旧起訴は、起訴の対象としようとした事実を他の公訴事実と区別できる程度に特定していないから、公訴提起が不存在と目される程度の重大な瑕疵があつたといわざるを得ず、旧起訴によつては、公訴時効の進行は停止されず、本件公訴事実記載の各犯罪については、本件起訴の日には、いずれも公訴時効が完成していたものと認める、というにある、なるほど右理由中1、2、3はこれを認めざるを得ないが、4は明らかに刑訴法二五四条一項の解釈、適用を誤つている、すなわち、一、旧起訴は、本件公訴事実の第一及び第二の両方の行為を起訴の対象としたものと認められ、他の公訴事実と区別できる程度に特定している、これを敷えんするに、(一)旧起訴の公訴事実はその記載に不十分な点が見受けられ、訴因が明確を欠く面のあることは否めないが、不明確な記載は、もともと補正を許されないものではないうえ、訴因不特定を理由とする公訴棄却は、あくまで被告人の防禦権行使の観点からの判断であり、公訴時効の進行停止の有無の観点から起訴の対象とされた事件が他の公訴事実と区別できる程度に特定しているか否かの判断とは別異に考えるべきであるところ、(二)旧起訴の公訴事実は、その記載する犯行の動機、目的、年月日、場所、方法、その余の字句からして、本件公訴事実の第一及び第二の一連の登記手続を起訴の対象としたものであるのみならず、他の、例えば変更登記、更生登記、仮登記、担保権設定登記等に関する公訴事実と区別できる程度に特定しており、(三)なお、旧起訴の訴因の記載は補正の余地がない程不明確で罪となるべき事実の特定を欠くものでもない、そうだとすると、旧起訴において公訴提起が不存在と目される程度の重大な瑕疵があつたというべきでなく、旧起訴によつてその公訴時効の進行は停止され、本件起訴時には、本件各公訴事実につきいまだ公訴時効は完成していなかつたものである、二、仮に旧起訴が本件公訴事実の第一、第二の両方の行為を起訴の対象としたものと認められないとしても、表示登記の表題部の所有者欄の記載は、その後なされる所有権保存登記の際に、不動産登記法一〇三条により職権で朱抹されるから、朱抹後にそれ以前の不実記載につき訴追されることはきわめて少ないであろうと推認され、また本件のように未登記建物に担保権を設定する目的で行なわれる場合には、その主眼が保存登記にあることにかんがみると、旧起訴は少なくとも保存登記手続を起訴したものと認めることができ、公訴事実が特定しているというべきである、以上のとおりであるから、被告人両名に対し免訴を言渡した原判決は破棄を免れない、という。

そこで所論にかんがみ記録を調査して以下のとおり判断を加える。

公訴の提起があれば公訴時効の進行は停止される(刑訴法二五四条一項)。この場合、公訴提起が有効であることは必要としないが、公訴時効の進行の停止の効力の及ぶ客観的事実の範囲は、起訴された事実と公訴事実を同一・単一にする範囲内と解せられ、この範囲を確定するためには、起訴の対象とされた事実が他の公訴事実と区別できる程度に特定されていることが必要である。右と同旨の原判決の説示はその限度において正当である。したがつて、起訴の対象とされた事実が他の公訴事実と区別できる程度に特定されていない場合には、ただ公訴時効の進行の停止の効力の及ぶ客観的事実が確定しないにとどまる。ところが、原判決は、更にすすんで「公訴時効が進行を停止するためには、公訴の提起は原則として無効であつてもさしつかえなく」「この点については例外がないわけではなく、公訴提起が不存在と目される程度の重大な瑕疵のある場合には公訴時効の進行は停止しないと解するのが相当である。」と説示する。これは、公訴提起がなされても、それが不存在と目される程度の重大な瑕疵がある場合には、公訴時効の進行の停止の効力は生じないというに帰する。すなわち、原判決は先行事実としての公訴提起の存在を認めつつ、右のような瑕疵がある場合には、こと公訴時効の進行の成否に関しては、これを否定すべきであるというのである。しかし、公訴提起が存在するにかかわらず、例外として公訴時効の進行を否定すべき場合があると解しなければならない根拠はなんら存しない(もつとも、公訴事実が罪となるべき事実を包含しない場合は、公訴時効という問題は全然生じ得ないから論外である)。そうだとすると、この点に関する原判決の説示における措辞は必ずしも適切でなく、また右説示に同調する検察官の所論には直ちに左袒しがたい。

これを本件についてみるに、旧起訴の公訴事実は、別紙のとおりであるが、これによると、被告人両名に対する起訴の対象とされた犯罪事実は、不実の登記手続に関する行為であり、しかも右登記申請書添付書類の種類からして明らかに具体的な建物の表示登記手続に関するものとみられることのほか、「登記必要書類……を所有権保存登記を求める申請書に添付して」「もつて不正な方法により保存登記を申請し」「不実の保存登記をなさしめ」とあり、公訴を提起した検察官において不動産登記に関する無知識を露呈させているにしても、当審で取調べた旧起訴に関する記録によると、旧起訴審において検察官は右「保存登記」云々とあるのを「表示登記」云々と訂正し訴因を補正する旨申し立てたことが認められることにも徴すると、他の公訴事実と区別できる程度に特定されているといわなければならない。そうだとすると、旧起訴の公訴事実の記載には前叙のような瑕疵があつても、旧起訴によつて右不実の表示登記行為についての公訴時効の進行の停止が開始されたというべきである。そして同行為は本件公訴事実の第一の犯罪行為と比較してみると、その罪質において類似性を示し、犯罪の手段方法・日時・場所・関与した人物等全て同一であるのであるから、その間に公訴事実を同一・単一にすることが明らかである。しかし、本件公訴事実の第一と第二との各犯罪行為は包括一罪でもなく、科刑上の一罪でもなく、併合罪の関係にある。ところで右記録によると、被告人両名に対し昭和五〇年一二月二六日旧起訴がなされ、これについて旧起訴審裁判所において訴因不特定の理由により公訴棄却の判決がなされ、これは被告人與儀巖について同年一二月三日に、同與儀猛について同月九日にそれぞれ確定したことが認められる。そして刑訴法二五四条一項によると、公訴時効は、当該事件について公訴提起がなされた時から公訴棄却の裁判が確定した時までその進行を停止するから、前記不実の表示登記申請の犯罪行為すなわち本件公訴事実中第一の犯罪行為の終つた時から本件起訴の日に至るまでの期間から、旧起訴の日の翌日から右公訴棄却の判決の確定日の前日に至るまでの期間を差し引くといずれも五年に満たないことになる。しかし、他方、前説示のとおり、本件公訴事実の第二の行為は、旧起訴の対象事実と公訴事実を同一・単一にするものとは認められず、しかも、同行為終了の時から本件起訴の日に至るまでに既に五年が経過し、その間に、これについての公訴時効の進行が停止されたと認めるに足る証跡はなんら存しない。仮に検察官の前記所論二のような実務取扱事情が存するとしても(しかし、現に本件においては、公訴事実第一で不実の表示登記申請行為が起訴されている)、右判断に影響を及ぼすものでない。そして刑法一五七条一項所定の公正証書原本不実記載罪及び同法一五八条一項所定の同行使罪の各公訴時効は、刑訴法二五〇条に照らすと、いずれも五年である。

以上の次第であるから、本件公訴事実の第一の犯罪行為については、本件公訴提起の時いまだ公訴時効が完成していなかつたというべきである。したがつてこれと異なる理由により被告人両名を免訴する旨言渡した原判決は法令の解釈、適用を誤り、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この限度において、破棄を免れず、論旨は理由があるが、他方、本件公訴事実の第二の犯罪行為については、本件公訴提起の時既に公訴時効が完成していたものというべきであるから、右と同旨の判断のもとに被告人両名を免訴する旨言渡した原判決は右限度において正当であつて、この点に関する論旨は理由がない。

よつて原判決中本件公訴事実第一に関する部分は、刑訴法三九七条一項、三八〇条を適用してこれを破棄し、なお審理を尽くさせるため同法四〇〇条本文に則り大阪地方裁判所に差戻すこととするが、原判決中本件公訴事実第二に関する控訴は、同法三九六条を適用してこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 中武靖夫 吉川寛吾 重吉孝一郎)

別紙

公訴事実

被告人與儀巖は、イワオ興業株式会社代表取締役、被告人與儀貞子、同與儀猛は同社取締役、被告人與儀貞子、同與儀猛は同社取締役の地位にあるもの、被告人平岩英美は、万国通商株式会社代表取締役の地位にあるものであるが、共謀の上、被告人與儀猛及び日観商事こと被告人平岩英美を注文者協栄建設工業株式会社(代表取締役橘田吉平)を請負者として、大阪市西成区梅通三丁目八番三号に建築工事中の鉄筋コンクリート造三階建のマンシヨン(延床面積八八三、六平方メートル)が工事未完成の上、右協栄建設工業株式会社の所有物件であるのに、同社の承諾のないまま、同建物につき、右イワオ興業株式会社の名義で所有権保存登記を了して、同建物を金借の担保に供しようと企て、昭和四七年一〇月三日ころ、同市浪速区戎本町一丁目七番地、土地家屋調査士、司法書士正井喜美事務所において、情を知らない同所事務員三浦正和らをして、右万国通商株式会社において同建物を建築した上、右イワオ興業株式会社に引渡した旨の被告人平岩英美作成名義にかかる建物引渡証明書、被告人與儀貞子及び同與儀猛において同建物を所有する旨の被告人與儀貞子、同與儀猛作成名義にかかる建物所有権証明書、被告人與儀猛において、同建物をイワオ興業株式会社の所有名義とすることを承諾している旨の同被告人作成名義にかかる上申書等、内容虚偽の登記必要書類一切を作成させたうえ、同月六日同区同町二丁目一番地の一、大阪法務局今宮出張所において、右三浦正和らをして、同出張所係員に対し、右登記必要書類の内容が真実であるもののように装つて、これを同建物についてのイワオ興業株式会社を権利者とする所有権保存登記を求める申請書に添付して提出させ、もつて不正な方法により所有権保存登記を申請し、よつてその旨誤信した同係員をして、不動産登記簿の原本に同建物の所有権が右イワオ興業株式会社に帰属する旨の不実の保存登記をなさしめた上、即時同所にこれを備えつけさせて行使したものである。

(編注 旧起訴に対する公訴棄却判決 刑裁月報八巻一一・一二号五〇四頁)

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